皆さま、こんにちは。学生レポーターの野口です。今回の立教大学日本語教育センターシンポジウムは、日本語教育センターと外国語教育研究センターの共催のもと、「グローバル化時代の言語教育を考える―グローバル・コンピテンス育成の視点から―」というテーマで開催されました。
立教大学では「専門性に立つグローバル教養人」の育成を目指し、国際化戦略として「Rikkyo Global 24」を掲げ、様々な取り組みを進めています。それぞれの学生が専門性を身につけながら、グローバルに活躍するための教養を培うために、すべての学生が英語と第2外国語を履修しています。
このシンポジウムを通して、言語教育を通じてどのようにグローバル・コンピテンスを育成するかという共通の課題に対し、担当言語領域の垣根を越えた意見交換を行うことができました。様々な専門性・言語・バックグラウンドを持つ教員が交流し互いに刺激し合う場は、より良い教育活動を目指すうえで、とても貴重な機会であったと思います。
本シンポジウムでは、中国語教育、ドイツ語教育、英語教育、そして日本語教育の各領域から4名の先生にご登壇を賜りました。外国語教育の領域から、立教大学の外国語教育における取り組みについて、そして日本語教育の領域からは、「やさしい日本語」で多様な生徒が共に学ぶという日本語教育センターの新たな試みについてご紹介いただきました。その後、教育評価学の専門家である長尾眞文先生をコメンテーターにお招きし、会場からの質疑応答を交えた全体討議が行われました。
【中国語教育 森平崇文先生】
中国のメディアと芸能、上海史そして中国語教育を専門とされている外国語教育研究センター教授の森平崇文先生からは、「グローバル・コンピテンス育成と中国語教育」についてお話しいただきました。
森平先生は、ご自身の中国語学習と中国滞在の経験を振り返り、その経験からグローバル・コンピテンスを「外国語学習や留学を通じて、他者と共存しながらコミュニケーションを図り、行動していく力」と定義されていました。そのうえで、本学の中国語教育では以下の3つを達成することが望ましいとしていました。まず、①中国語学習を通して達成感や自信を得ることで新たな挑戦へのハードルを下げること、次に、②ネイティブと交流・交渉する方法を習得すること、そして③それぞれの興味分野から中国に関心を向け、理解を深めていくことを目指した実践的な教育が重要であることが指摘されました。
実践例としてオンライン環境を活用した同世代の中国人との交流や、発表準備を通じて現代中国の特定の分野に対する理解を深めることを目的として、生徒が自身の興味分野をプレゼンする場を設ける等のさまざまな取り組みをご紹介いただきました。
また、大学卒業後のキャリア形成という点では、生徒の中国語学習を具体的にキャリアに結びつけるために、ロールモデルの紹介として対中外交の最前線で活躍する卒業生を招いて講演会が行われているとのことでした。生徒が中国語を活かした進路を選べるよう、中国語教育の分野では、学内授業と留学先の有機的な連携を掲げており、授業では、中国で行われている留学生向けの教授法「対外漢語」や評価方法を積極的に取り入れているとお話しいただきました。
【ドイツ語教育 坂本真一先生】
ドイツ語学、ドイツ語教育を専門とされる外国語教育研究センター准教授の坂本真一先生からは、「グローバル化を目指す社会における今後のドイツ語教育の目指す姿」というテーマでご発表いただきました。
坂本先生は、CEFRの理念や複言語的主義的な姿勢は日本社会や教育にも効果的だとして、ドイツにおける言語政策の反省点や学ぶべき点をふまえながら、日本の教育現場でグローバル・コンピテンス(OECD,2018)と、CEFRの背景にあるキー・コンピテンシー(OECD)の育成を目指す言語教育への提言をされていました。
日本の言語教育現場に積極的に導入すべき点として挙げられていたのが、①既存の知識伝達型からは脱却し、学習者中心主義・問題解決型の学習環境を用意すること、②集団の中で、自らの力で学びを深め、自己成長を促せる力の育成、③自身の考えを論理的に表現する力の育成、④異文化間能力の育成でした。
そのうえで、実際の取り組み例としてDaF教材を活用したドイツ語教育活動の提案や、帰納的な学習スタイルの導入、基礎の段階からの「プロジェクト型授業」の展開、言語パフォーマンス能力を評価に組み入れることなどの評価枠組みの見直し、自己・学習者同士による評価の活用というような改善案が示されました。
また、今後さらに既存の言語教育における問題点を検討していく際の課題として、他教員との意識共有や、学習者の準備性を整える必要性について言及されていました。
【英語教育 三島雅一先生】
外国語教育研究センター准教授の三島雅一先生は、ご専門の英語教育の立場から「外国語教育の新しい形」というテーマでお話しくださいました。
はじめに、従来の高等教育機関の外国語教育全体における問題点として、4技能のスキルベースに基づいた傾向であることや、外国語教育のもつグローバル・コンピテンス獲得に繋がりうる多様な目的や意義が過小評価されていることが問題点として挙げられました。
三島先生は、グローバル・コンピテンスを「国際社会活動能力(コミュニケーション能力・専門的知識・協調性・異文化理解力・批判的思考と分析能力)」と捉えていらっしゃいました。その上で、今後の外国語教育では言語を社会認知的視点から捉え、社会的活動への参画手段としてパフォーマンスを達成するための手段として位置づけることが重要であることが指摘されました。
2020年に開講された英語ディべートコースでは、ディベートという社会的活動を効果的に行うという方向性のもとでグローバル・コンピテンスの育成に向けた実践が行われていることを紹介いただきました。ディベートでは、ルーブリックを用いたチーム単位でのパフォーマンス評価が行われることや、ディベートの実施だけではなく準備も含めた学びの過程全体を通してグローバル・コンピテンスを培うことを目指しているとのことでした。
【日本語教育 池田伸子先生】
日本語教育の立場からは、異文化コミュニケーション学部教授の池田伸子先生より、「今、そしてこれから必要とされるGC」というタイトルの下、日本語教育センターの新たな試みである、日本語母語話者と日本語力の高い上級留学生を対象とした、日本語力N3程度の中級留学生との合同授業についてご紹介いただきました。この合同授業は、日本人学生と多様な外国人学生が「やさしい日本語」で協働していくというのが大きな特徴です。
英語や第2外国語ではなく「やさしい日本語」で共に学ぶことで、N3の留学生にとっては、日本語能力の向上や大学や学部へ着地していくことにつながるということが意義として挙げられました。そして、日本語母語話者と上級留学生にとっては、目の前の相手に応じて自分の日本語を適切に変容させるという経験を通じた「やさしい日本語」のスキル向上だけではなく、グローバル人材に必要な態度の醸成を促すことにもなるのだということを強調して述べておられました。この際、「やさしい日本語」と合わせて重要となるのは、「支援」や「寛容さ」といったものではなく、一人ひとりと「対等に」つながろうという受け入れ側の構えだと示されていました。そこから、多文化共生社会の実現に向けて行動できる能力を獲得することが、立教大学でグローバル・コンピテンス(OECD,2018)を育むということになるのではないかとお話しいただきました。
また、合同授業参加者の学びは、教師評価、自己評価、他者評価に関してコンピテンシーモデルを用いて評価するとのことでしたが、継続的に参加者を追うことや、その後の行動までを評価できるかというのは課題であるとされていました。
【全体討議・コメンテーター 長尾眞文先生】
全体討議では、①多様な学生が集うキャンパスで、いかにグローバル・コンピテンスを育むか、②グローバル・コンピテンスをどのように評価するか、③どのように学内(外)にその成果を可視化していくかが論点となりました。
まず、4人の先生方の講演内容に対して、⼀般財団法⼈国際開発センター研究顧問の長尾眞文先生からのコメントをいただきました。討議の場では、長尾先生より現状認識として外国語教育が持つ意義に関して、学内での認知度が高くても社会的な認知度は低い状況であることが指摘されました。大学での外国語教育を通して得るものは、言語的スキルだけではなく、その先にあるグローバル社会で生き抜く力であるという外国語教育の貢献度を社会に知らせていくためにも、まずは身近な立教関係者、卒業生に対して積極的に伝えていく必要性があるという意見がありました。
池田先生からは、「やさしい日本語」で多様な学生が協働し学ぶという経験で培われた態度・能力を獲得した学生が、立教大学から社会に出てからも行動を通して社会に広げ、そこから日本を変えていくことが可能であるという発展的なビジョンとして捉えていることが説明されました。
グローバル・コンピテンスは、スキルや知識、価値観や態度といった構成要素で捉えられますが、その実践は遠いところにあるのではなく、身近な教室の中での活動が社会に、そしてグローバルにつながることを、このシンポジウムを通して気がつくことができました。
また、授業の作り手である先生方が、日々試行錯誤しながら学生達のグローバル・コンピテンシー向上を目指した学習環境をデザインし、さまざまな学習経験の機会を提供してくださっていることに感銘を受けました。このような恵まれた環境で、学生達がそれぞれの人生の中でどのように学習経験を活かしていくか、という自分自身の選択に自覚的であることへの必要性と大切さを感じています。その上で多様な生徒それぞれが目的意識を持ちながら協働することで、グローバル化に対応した資質・能力が育まれていくのだと思いました。
まずはキャンパスから、そして社会へという討議内の言葉にあったように、今後、キャンパスで学ぶ学生は、国籍・母語・日本語レベルなど、さらに多様になっていくと考えられますが、このような多様性を尊重する学びの環境が、やがて卒業する学生と共に日本社会、世界へと大きく広がっていくことでしょう。私も立教生の一人として、この環境を存分に活用しながら自分の専門性を磨いていこうと思います。
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